#148.クレッシェンドについて考える

楽譜に「く」が伸びたみたいな記号が良く出てきますね。「松葉」と呼ばれることも多いこの記号、ほとんどの方はご存知でしょう。「クレッシェンド(crescendo)」と呼びます。

意味も記号の形の通り、「だんだん強く」の意味です。イメージしやすいですね。


と、ここまでは学校の音楽の教科書に掲載している内容です。しかし、演奏をされている方は、このような一本調子な暗記ではなく、より音楽的にイメージをし、理解して演奏に反映できるようにしてください。


ということで、今回は「クレシェンド」についてのお話です。


記号が目に入ると同時に反応しない

クレッシェンドは「だんだん」大きくです。この記号を細かく分解すると、最初は「まだ大きくなる前」であり、記号が書かれている間にだんだんと大きくなり、そして記号が終わった後に「結果」があるのです。

しかし、クレッシェンド記号が目に入ると同時に音量を大きくしてしまう演奏になってしまう人が多い印象です。


文字だと見落としがち

クレッシェンドは文字で表す場合も多いです。文字の場合、「cresc.」などと表記されますが、文字だと見落としがちな方が多い印象があります。というか、楽譜に書かれた文字をきちんと理解していない人や、そもそも見てない人が結構多いのですが(経験則)、それはいけません。楽譜上では文字も記号も同じ意味として用いられるので、もし見落としそうだと思ったら、その上から鉛筆でクレッシェンド記号を書き込むのも良いと思います。

クレッシェンドは「成長過程」

この記号は出現した瞬間から、記号が終わるまでの間に「強くなっていく」という成長過程を表しています。したがって、記号が終わった後、何が起きるのかを想定しておくことが大切です。結果がff(フォルティッシモ)になるのか、実はクレッシェンドしてもあまり成長しておらずmpだったとか、場合によっては再度p(ピアノ)に戻ってしまうことなどもあります。


また、デクレッシェンドとセットの場合が多いのですが、音量ではなくフレーズの頂点を示している場合などもあり、一概に音量変化としてではない可能性もあります。


デシベルだけで考えない

音楽における強弱という言葉は、主に「音量」を指す言葉です。また、その音量は機械で測定することができ、「デシベル(dB)」という単位で表します。

楽譜上のp(ピアノ)とf(フォルテ)を比較したら、当然フォルテのほうが高いデシベル値になるとは思うのですが、演奏者である以上、強弱の表現を単なるオーディオのボリューム調整のように捉えてほしくありません。音楽は「表現」すること、すなわち「聴く人に何かを届けること」ですから、強弱の表現についても何らかのイメージを持つことが大切です。


音量は腹筋のコントロール

当然音量についてはイメージをします。音量を具体的に変化させるためには「腹筋」が重要になります。正しい腹筋の部分(腹横筋と骨盤底筋)を使い、使う筋力の分量が変化すると、演奏に直接使用する「体内に取り込んだ空気」の圧力が変化します。したがって音量のメインコントローラーは腹筋と言えます。しかし、フィジカル(肉体的)思考だけで音量変化をすると、音楽に表現が含まれません。大切なのはこの音量変化にどのようなイメージが込められているかです。

では、そのイメージの一例をご紹介します。


[音色、質のイメージ]

柔らかい印象の音、硬い印象の音などの音色、音質が存在します。例えば、鉄板を鉄の棒で叩けば、強弱に関係なくカンカンと硬質な音が出ます。その逆も然りですね。トランペットでもこのような音の質を変化させることが、強弱に影響する場合が多いです。

その具体的な手段のひとつとして、例えばマウスピースのサイズやカップの形状を変える方法があります。カップ浅ければその音質は固くなり、カップが深くなれば柔らかな音になります。もっと極端な音質変化を求めるなら、トランペットをフリューゲルホルンに持ち替える、なんて方法もあります。

そのように道具で変化させる方法以外に、同じ楽器とマウスピースであっても演奏表現で音質を変化させることもできます。

具体的には、「出だしのタンギング(アタック)」「音の張り方(コア)」「終わらせ方(リリース)」「ヴィブラートの使い方」などをどのようにするかで、聴く人に与える演奏は大きく変化します。例えて言うなら、同じ内容でも丁寧な言葉を使うか、乱暴な言葉を使うかの違いと似ています。


[成長するイメージ]

楽譜に使われる言葉の多くはイタリア語です。クレッシェンド(crescendo)もイタリア語で、こうした単語は日常の会話でも使われますから、その言葉には他にもいろいろな意味が込められています。そうした様々な意味を知っておくと、演奏する上でもイメージの幅が広がります。

オススメは楽語辞典だけでなく、イタリア語辞典を引いてみることです。

では、クレッシェンドをイタリア語辞典でひくと何と書かれているのでしょうか。


『成長する、育つ、大人になる、増える、上がる、高くなる』(crescereに書かれている意味)


このように書いてありました。こうした意味をそれぞれ演奏に込めてみると、より彩り豊かで、かつ具体的なイメージが湧いてきませんか?


[感情変化のイメージ]

例えば、

楽しい→すごい楽しい

悲しい→楽しい

楽しい→悲しい

悲しい→怒り

イライラ→爆発

このような感情が変化するクレッシェンドパターンはいくらでも考えられますし、感情の変化を作品に込めていることも大変多いです。


[温度変化のイメージ]

水がお湯になって沸騰する。そのようなイメージがクレッシェンドと当てはめることもできると思います。さて、その温度とは一体何なのか。なぜ温度が上がったのか。先ほどの感情と関連しているところもありますよね。

他にも、サーモグラフィーカメラで青から赤に変化していく様子などもクレッシェンドのイメージに使えるかもしれません。


[色]

サーモグラフィーのように色が与える力も強いです。ピーク部分が真っ赤になるような演奏をしようとイメージするとか、多少文学的ですが「青の静寂」「燃えるような愛」「漆黒の闇」「煌々とした太陽の光」など。実際にヴィヴァルディの「四季」やベートーヴェン「交響曲第6番」、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」などの作品で「嵐が近づいてくる描写」がありますが、クレッシェンドですね。


[位置の移動]

アニメや映画で多用されますが、狭い洞窟から抜け出たら、一面の広大な草原が広がっていた。そんなクレッシェンドもあると思います。

いかがでしょうか。出していくとキリがないのでここまでにしますが、皆さんも「こんな情景はクレッシェンドだな」など、イメージをフルに使って、演奏に反映できるように工夫してみましょう。


スピードに影響を与える可能性

少し飛躍した発想になるかもしれませんが、クレッシェンドをするにつれて、テンポが変化していく可能性も否めません。例えば先ほどクレッシェンド言葉には「成長する」意味があると書きました。成長して質量が大きくなれば、おのずと動きが遅くなるものです。もしくは、テンションが高ぶっていけば、歩くスピードも速くなります。それを演奏に反映させた時、若干テンポが変化する可能性があると思うのです。楽譜はテンポと強弱が別々に指示されるために、あからさまな変化をさせることはできませんが、フレーズの中であったり、自由に演奏できる場面であれば、そうしたニュアンスを取り入れるのも悪くないと考えます。


そもそも、演奏においての「テンポ」には強制力があり、実は心の中では「もっと前に行きたい!」とか、逆に「本当は歩きたくない」などの気持ちが存在し、葛藤している場合もあるのです。そうした存在が音楽の進み具合(私はベクトルと表現します)や方向性に影響を与えていると思うのです。

それが許される演奏指示のひとつが「allargando(アッラルガンド)」楽語です。「拡張する」などの意味があり、演奏としては「次第に強く遅く(cresc.+rit.)」という表現になります。


まとめ

ということで、今回はクレッシェンドについてお話をしました。


結局のところ最も大切なことは、自分のそうした表現や具体的な変化を「聴く人に届けられるか」であり「聴く人の印象、心に変化を生み出せるか」です。

演奏における表現は常にこれが課題ですが、多くの場合、奏者の自己満足で終わってしまうのがもったいないです。自身の演奏表現で共感してくれる人がいた時の喜びは奏者としての何よりの喜びでもあります。


発信する電波を強く持って、「こうやって演奏したら自分の想いを届けられるかな?」と考えて表現を工夫する練習もしてください。


それでは、また次回です!



荻原明(おぎわらあきら)

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ラッパの吹き方:Re

隔週土曜日の朝更新トランペットと音楽についてのブログ「ラッパの吹き方:Re」 タイトルの「Re」は「Reconstruction(再構築)」とか「Rewrite(書き直し)」の意。 なので「ラッパの吹き方 ”リ”」と読んでください。 荻原明(おぎわらあきら):トランペット奏者、東京音楽大学講師、プレスト音楽教室講師