時代が変わっても未だ「一生懸命」「精一杯」「頑張る」といった意思や言葉を若い方から感じることが多いです。
これはひとつに現役で子どもたちと関わっている大人がそういった時代を送ってきて体に染みついているから、というのもひとつあるのかもしれませんが、人間は(特に日本人は)根本的にそうした軸を持っているのかもしれません。
一生懸命努力して結果を残す、いわゆるサクセスストーリーが世界中で人気なことからもそれは感じます。
僕自身もそうした教育環境で育ってきた人間なので、良くも悪くも諦めたり投げ出すことが大嫌いで、かなりの根性気質です。簡単に諦めない意思は決して悪いことではないとも思っていますし、それで成し遂げてきたこともいっぱいあります。しかし同時に根性論がトランペットに関してはマイナス要素にしかならないことも痛いほど経験してきたため、特に指導者という立場でいる時にはかなり意識的に生徒さんには根性論が必要だと感じさせないレッスンを心がけていますし、自分自身の練習や研究時にもそうした発想に陥らないよう、理論と冷静さでカバーしています。
気合で片付けがちなトランペット演奏
今から30年以上前になりますが僕が中学生の頃の吹奏楽は本当に笑ってしまうくらい根性論で何でも片付けてしまう環境でした。
腕立て伏せ、腹筋運動、マラソンをして、合奏中はバテると筋力が足りない鍛え方が足りない、バテても演奏できるようにしなさいと言われ、楽器を演奏するには常人を超えた肉体が必要と本気で思っていました。だから楽器の練習とは「鍛える」ことと認識していましたし、恥ずかしながらこの発想は元々持っていた根性気質により、音大を卒業する頃までずっと続いていたのです。
僕の所属していた吹奏楽部がなぜこのような根拠や結果が伴わないことばかりを行っていたのかと言うと、それは正しい知識を持っていなかったからです。
今は結構どの部活動にも音大生やプロ奏者が指導に行くし、そうでなくても吹奏楽指導のDVDやらインターネットでの情報収集などが容易になり、ハチャメチャで根拠のない考え方がまかり通るようなことは以前に比べて少なくなったと思います。しかしそれでもまだ不思議な練習が「伝統」という名の「都市伝説」として継続されているのは否めません。
都市伝説が生まれるきっかけは「なぜそうなるのか(根拠)」と「どうすれば良いのか(方法)」がセットになっていない時、それを「多分そうだと思う」と憶測で穴埋めした結果です。
僕のいた中学校の吹奏楽部はまさにわからないことだらけで、解決方法も誰も知らなかったために僕が入部する多分ずっと昔から「都市伝説」が量産され続けていたのだと思います。
それに加えて人間は思ったことができないと「不足している」と思う傾向にあるため、どうしても「気合が足りない」「体力が足りない」「練習が足りない(朝から晩まで練習しなさい)」になってしまうわけです。
トランペットのベストバランス
いきなり結論から言いますが、トランペットは「最低限の要素によるバランス」を目指すことでベストな結果を導くことができます。
音を出す際のいわゆるアンブシュアについて例に考えると、根拠もなく口周辺にものすごい力をかけてしまうことで、その異常なまでに働いた筋力により上下の唇が固く閉ざされてアパチュアという存在がなくなります。しかし「トランペットを吹く」という意思により、閉鎖された体内から楽器へと空気を流し込もうとする意思は空気の出口がなくなった体内の空気圧を異常に高めることで唇を押し破ろうとします。そのためには非常に高い腹圧をかける必要があるため、ジムでトレーニングしているかのうような腹筋を使わないといけなくなります。
このように文章化すると、いかに不要なことをしているのかがわかると思いますがこの方法で音を出されている方、実はかなり多いです。
その原因を辿っていくと「アパチュア(空気の通り穴)があるから音が出る」部分のまでさかのぼることができます。
自分自身の体や力だけで音を出そうとする発想を持ってしまうとどうしても「頑張る」が生まれてしまいます。何のためにマウスピースがあるのか、どのようにすると振動が発生するのかを理解し、自分で用意すべきことを最低限にし、あとは道具と自然現象に任せる。こうした仕事の分担が「最低限の要素」を求める際には大変重要なのです。
ちなみに先ほど「アンブシュア」という言葉を出しましたが、私はレッスンなどでこの言葉はほとんど使いません。個人的なイメージなのかもしれませんが、アンブシュアというあまり一般的でない言葉が出た瞬間、人間は特別感を覚えます。自分は専門的なこと、特殊なことをしているといった認識は、日常の状態、人間の持つ自然な状態を変化させようとしがちです。
しかし、トランペットを演奏する時だけ人間の体が特殊な変化を起こすなどありえませんから、人間が持っている機能を用いていると意識すべきです。
アンブシュアというのは単に「奏者の演奏中の表面的な状態」を指す言葉であって、それはすでに行われている結果でしかなく、それを再現んするために〇〇筋をどのくらいの角度で〇kgかけて…などといったことができるはずがないのです。
専門用語って使いたくなるのですが、その言葉を自分がどのように解釈しているか今一度考えてみると意外にあやふやな理解だったりするものです。
マイナスは難しい
では、人間の体の持つ機能について考えてみます。
水の入ったコップを手に取ったとしましょう。何も考えずにコップを持ち続けることは容易なことです。しかしそのコップを握る力を「コップを落とすことなく」少しずつ力を抜いて、どこまで軽く持つことができるでしょうか。
これ、危険なのでガラスのコップとかは使わない方が良いと思いますし、シンクや洗面台などで実験されるほうが良いです。
すごく難しいし、もどかしくてストレスが溜まりませんか?
力を抜こうと思っても、その加減がうまく伝えられなくて力を緩めるけど怖くなってまた力を入れてしまうなど、プルプルして安定しません。
このように人間は最初に入れた力をバランスを保ちつつ減らしていくのはとても苦手なのです。
プラスは簡単
一方で、最も軽く、そして確実にコップを持ち続ける力加減を最初に用意することは、重さを確認するなどのチャレンジは数回必要かもしれませんがそれほど難しくありません。持つ位置、持ち方なども研究するとより一層筋力など必要ないことが結構すぐ理解できることでしょう。
そして、そのように軽く持った状態から力をかけていくことも簡単です。コップを握りつぶさないように気をつけてください。
ゼロから足し算をする
こうした実験によって、人間は一度入れてしまった筋力をバランス良いところまで引き算していくことがとても苦手なのです。
これをトランペットのセッティングに置き換えて考えてみると、最初に口周辺やいわゆる腹筋が(無意識にでも)強く使ってしまうことで、それ以上楽な演奏を見つけることはできないのです。
最低限の要素をバランス良く揃え、最も負担なく効率的に演奏するためには、まずイメージを変えるところからスタートします。
「実現しなくてもいい」「失敗してもいい」「何度やってもいい」
こうようにメンタルに負担をかけない条件をまず置いて心を落ち着け、肉体的に最も負担のないところから少しずつベストラインを見つけていく研究と実験を繰り返していきます。当然この時、目的とそれを達成するための原理や何をすべきかを理解していなければ単に体が機能しない状態をさまよい続けることになるので注意してください。理論はこうした時に大切です。
口周辺のセッティングを例に出すと、自分が楽をするためにマウスピースがいかに重要な存在かが見えてくるかもしれません。空気の圧力を発生させることやリムの重要性が見えてくれば、とても良いスタートを切れていると考えられます。空気圧を強く実感できるレベルまで腹筋を使ってグイグイ高める必要などなくてもマウスピースという道具や自然現象が演奏を実現してくれるのです。
頭の中はフル稼働
このようにトランペットの演奏において肉体的な面は楽な状態を目指していきたいものですが(もちろんハイノートやffで演奏する場合は多少のプラス要素が必要になりますが)、高い音楽性を生み出すためのイマジネーション能力、頭脳は常にフル稼働でいたいものです。素晴らしい音色を追求するためのイメージ、美しい音程感、心地よいフレーズ感、落ち着き、一緒に演奏する人たちの音を捉える耳と意識、これから演奏する作品の深い解釈や強い目的意思、それらを聴く人すべてへ伝えようと表現する気持ち。これらは手を抜いて「最低限」というわけにはいきません。あふれんばかりの情熱と強い心で惜しげもなくどんどん表現して欲しいと思います(ただし、意図的に組み込まれた「歌っているような」体の動きを対外的にアピールする行為は体にとっても演奏表現としてもマイナスなので不要です)。
ということで今回は「最低限の要素」を見つけよう、というお話でした。
人間は多かれ少なかれ失敗することを恐れる生き物なので、「保険」「安全圏」といったように「ここまでいったら絶対大丈夫」という上限ラインを無意識に目指してしまいます。これは「究極の失敗=死」を恐れることから生まれる防衛本能なので当然のことですが、トランペットを演奏したことで直接的に死ぬことはありませんし、演奏をミスしても処刑されることはありません。ですから、気持ちを楽にして、常に楽しんでトランペットを演奏してください。
それではまた来週!
荻原明(おぎわらあきら)
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