#121.音楽のお仕事 その6(お金と音楽 前編)

「音楽のお仕事」と題して今回含めて6回に渡り様々な視点で書いてみました。最後にお話するのは「お金のお話」。


その前に、よろしければこれまでの記事もご覧になってください。

学校では教えてくれないお金の稼ぎ方

家庭でも学校でも、なぜか子どもや若い人に対し大人はお金の話を避ける傾向にあります。自分が音大生だった時も、卒業して音楽でお金の稼ぐにはどうすれば良いか、という話は全然出て来なかった記憶があります。多分ですがそれは美大など他の芸術関連の学校も同じではないでしょうか。


ですから、音大を卒業して、社会に放り出された時に痛感したのが、お金についての知識が全然なく、「音大で得たスキルを用いてお金を稼ぐこと」、要するに自分の力で生きていこうという発想が大変に希薄でした。

それよりも「もっと演奏活動したい」「舞台に立つ経験がもっと欲しい」という演奏することに対する意欲ばかりで、だから依頼があってもその報酬に関してまったく考えず二つ返事で受けていたように感じます。まあ、若いうちは金額についてはそこまで意識しなくても良いのかもしれませんが、問題だったのは赤字になっていても良いと思って仕事を受けてしまっていた点です。


お金に関しての知識が皆無だったことによる疑問点や苦労などは他にもあります。例えば演奏で得られる報酬額の相場や、1万円のギャラと言われていたのにもらった額がそれよりも少なくて、その理由は「源泉徴収されているから」と説明を受けても「え?温泉か何かですか?」とか全然意味がわからなかったり、確定申告って何のことで、どうやって書けばよいのか全然わからなかったり(未だ理解しきれていないところもありますが)、ともかく社会に出ると同時に発生するお金に関する未知なる事柄が多く、こういったものも学校で教えておいてほしかったなあ、と強く感じていました。


ところで、この一連の記事の最初「#116.音楽のお仕事 その1(仕事の種類)」で私はこのように書きました。


『私個人の定義としては、演奏活動やその他音楽に関係している活動によって報酬を得ている(と思われる)人はどのような条件であれプロだと位置付けています。』


音楽大学に限らずですが、多くの場合大学卒業の時点で「学ぶ期間」が終了し、これまでの知識を経験を生かして今度は社会人として収入を得る活動を開始する生活に変わります。一般大学では、その流れに乗るために早い段階から就職活動をして卒業とともに就職を目指すわけですが、音大で、しかもフリーランスとして活動を開始する場合は、卒業→就職→給料などと明確に線引きして切り替えられる生活ではありません。仕事の数やそれに見合った安定した収入を得られるための軌道に乗るまでにはかなりの時間がかかるかもしれません。その時に必要で、なのに学校で教えてくれないもうひとつのお金に関する知識が「マネジメント」のスキルです。このお話は前回の記事で書きましたのでぜひ読んでみてください。


今回は部活指導というお仕事についてお話してみます。



部活指導という仕事

過去の記事「#118.音楽のお仕事 その3(演奏以外の音楽のお仕事)」でバンドディレクター(吹奏楽指導)のお仕事を紹介し、その中でこのようなことを書きました。


『部員だった生徒が音大などへ進学すると無報酬で指導を依頼するパターンや吹奏楽や管楽器の経験がある父兄(アマチュア)が無償で引き受けるなどが多いために、吹奏楽指導を仕事と定め、収益を得るのは非常に難しいと言えます。』


例えば「今度ごはんごちそうするから、部活教えにきてよ」とか「ギャラ(ギャランティ=報酬)は出せないんだけど勉強の場だと思って」と指導依頼をするのは本当に良くない風習だと思います。これが例えその学校の卒業生に対してでも、です。ただし声をかけた側が例えば後継者としてその人を優秀なバンドディレクターとして育成する目的であればその限りではありません(それでも最低限の報酬は必要だと思いますが)。しかしほとんどの場合都合よく使おうとしているのだと思いますし、それを請けてしまうほうにも大きな問題があります。なぜなら「前例」を作ってしまうからです。

「部活指導はお金を払わなくても来てくれる人がいる」。この事実は「(その学校の)吹奏楽指導料の単価を大きく下げた」ことになります。この前例ができてしまうと、「え?こないだ来た若い音大卒の子はノーギャラだったのに、あなたはお金がほしいと言うのですか?じゃあ結構です、こないだの若い子にまた来てもらいますから」。このストーリーが発生するわけです。


しかし、ギャランティが発生しないことで部活側も不利になります。経験値の高い音楽家やバンドディレクターは、その学校には来ないからです。結果として指導レベルが下がり、結果的に部活動の演奏レベルも下がるわけです。デフレのスパイラルみたいですね。

それに若手の時だからノーギャラでも請けていたかもしれませんが、その人だって生活があるわけで、お金がもらえなければ手伝えない、という時期は必ず来ます。その時どうするのでしょうか。代わりならいくらでもいる、と考えてしまうのでしょうか。


実際、若い頃にお金が1円も出ない(交通費も出ない!)のに部活指導に行っていた経験がありますが、時間も取られて交通費も自腹で、限界を感じて離れました。各パートに僕と同じ立場の人が何人もいたのですが、今考えるとなぜそのような状況が成立していたか謎です。良くありませんね。


経済が回らないと文化は衰退するのです。音大生の時点でもしこのストーリーを理解していたら、少しは変わるかもしれません。


部活指導はれっきとした技術職であり、きちんとした報酬を支払うべき(請求すべき)音楽の仕事のひとつです。


しかし同時に、指導する側はお金を受け取る以上、それなりの高価値なものを提供する必要があると自覚を持たなければなりません。例えば大学時代に見聞きしたことの受け売りだけでは、その指導者個人としての価値はありません。もちろん最初からいきなり立派な指導ができることは難しいでしょうが、経験と研究を重ねて成長し、高いクオリティの提供ができるようになれば、良い意味でのプライドも持てるようになります。そうして自分の指導レベルと報酬額のバランスを整えていくわけです。


自分という商品価値を考える

では、自分のレベルと、それに見合った報酬額はどのようにバランス設定すれば良いのでしょうか。

まず自分が現時点でどのくらいの指導力とプライドを持っているか考えてみましょう。


指導力というのは、様々な条件の人を様々なアプローチによって自他ともに満足のいく結果や成長の実感を持てる力、ということだと私は考えています。奏者によって個性も得手不得手も違いますから、指導者は一本調子の言葉の使い方とか指導方法では結果は出せないのです。あなたはそうした力や自信をどのくらい持っていますか?


例えば、中学校の吹奏楽部に指導へ行き、トランペットパートのレッスンを担当したとしましょう。そのパートに5名のトランペット奏者がいたとして、それぞれが異なる個性を持ち、悩みや解決したいものを持っているとします。


aさん:3年生。パートリーダー、一生懸命練習しているけど高い音が苦手

bさん:2年生。高い音は出せるけど音色が乱雑になりやすい(感覚だけで演奏している)

cさん:2年生。音はキレイだけれど楽譜を読むのが苦手

dさん:1年生。誰よりも上手に演奏できる(しかしプライドが高くて耳を傾けてくれない)

eさん:1年生。完全初心者で楽譜も読めず、まだ音が出せない(しかも欠席が目立つ)


さて、この5名が揃ったパート、あなたはどんなレッスンのストーリーを構築しますか?(今回は話の趣旨が違うので割愛しますが、ぜひ考えてみてください)。もちろん、単発で来たのか、今後も継続的に来るのかでも違うと思います。コンクールや本番前だったりと時期も関係するでしょう。しかし部活動のレッスンは経験上こんな状況になることが多いです。音大で教わったハイレベルな音楽作りを伝える以前の状況です。


具体的な方法を持った上で「私が関わったからには絶対トランペットパートを成長させてみせます!」と言えるのであればそれなりの額を請求しても良いと思うのです。自分の価値を数値化する、今回は吹奏楽指導を例に出しましたが、他の分野でも同じように考えてみてください。


そしてもうひとつ同時に考えるべきことがありますが、長くなってしまうので、続きは次回にまわしたいと思います。

ぜひ引き続きご覧いただければ幸いです。


それではまた来週!



荻原明(おぎわらあきら)

9月19日(日)11:00より楽典オンライン講習会の第9回「楽語と記号」です!

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ラッパの吹き方:Re

隔週土曜日の朝更新トランペットと音楽についてのブログ「ラッパの吹き方:Re」 タイトルの「Re」は「Reconstruction(再構築)」とか「Rewrite(書き直し)」の意。 なので「ラッパの吹き方 ”リ”」と読んでください。 荻原明(おぎわらあきら):トランペット奏者、東京音楽大学講師、プレスト音楽教室講師